厚労省が、認知症施策に関する推計を9年ぶりに公表した。2022年時点の認知症高齢者は443万人で、65歳以上の8.1人に1人が発症している計算だ。推計では30年に高齢者の7人に1人、60年には5.6人に1人が認知症になるとしている。
中小企業経営者が認知症を発症してしまうと、会社が直面する危機は大きく分けて4つあると言われる。
まずは契約行為の問題だ。何らかの契約に社長がハンコを押しても、その時点で社長が認知症を発症して意思能力がないと判断されると、契約は認められず無効になってしまう可能性がある。逆に軽度の認知症になった社長が、押すべきハンコを押さなくなる事態も考えられる。
また中小企業への融資は、銀行と社長の信頼関係で成り立っている。社長が認知症になれば運転資金の融資が受けられなくなり、来月にも資金繰りに困るかもしれない。まさに事業継続リスクそのものといえる。
さらに事業承継の問題がある。認知症になれば、社長は議決権を行使できない。社長が自社株の大半を持っているようなケースだと、議決に必要な定数を満たせず、二代目へのバトンタッチが難しくなる。事業承継にかかわらず、総会での議決が必要な経営判断すべてに同じことが言える。
最後は、社長個人の資産管理の問題だ。認知症になると法律行為を行えず、不動産や預貯金、自社株を処分できなくなる。対策が不十分なまま相続が発生してしまえば遺産分割協議は荒れる可能性が高い。会社の土地・建物が個人名義であればそれも処分できない。
認知症のやっかいなところは、「いつから発症していたかが分からない」という点だ。東証プライム上場の機械メーカー「澁谷工業」(金沢市)では昨年、認知症の疑いがあった前社長が行ったとされる3億円の寄付は無効だとして、遺族が病院に損害賠償を求める裁判を起こしている。前社長は亡くなる5カ月前に、入院していた病院に寄付していた。遺族側は「約2億円の借金を抱えていたのに3億円を寄付するのは極めて異常。患者の症状を病院が利用した」と主張したが、病院側は「寄付時にすでに認知症を発症していたという診断書がなければ問題はない」と反論している。
徐々に症状が進む認知症が「いつ」発症したかを特定するのは難しい。そのため、こうしたトラブルが起きやすい。自身はしっかりしているつもりで遺言を残しても、その後に認知症と診断されてしまうと、遺言作成時の健康状態が問われかねない。実務でもこの点については微妙なところで、遺言の内容が単純か複雑か、書面に筆跡の乱れがないか、公正証書遺言であれば公証人とのコミュニケーションに不審な点はなかったかなど、状況証拠によりケースバイケースで判断されるようだ。
認知症になってからでは何もかもが手遅れとなってしまうかもしれない点を踏まえ、重要なポイントは、発症する前に何らかの手立てを講じておくことだ。発症後でも家庭裁判所を通して法定後見人を付けるなどの対策は取れる。しかし事後の対応には労力がかかり、その後の財産管理も硬直的にならざるを得ない・・・
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