
Photo:H.Hamaguchi
今の世の中は上と下の二極分化。だったら、上を目指すしかない
われわれの商売はもの作りですから、他人のカネをあっちこっち動かして儲ける商売とはワケが違う。われわれ職人からいわせると、そんな商売は本当の商売じゃない。だから、私はいつもいってるんです。「人の顔を見て現金で商売しろよ」って。実際、私は、ものを買うんだって、電話やネットなんかでは買いませんよ。カネを払っちゃって、ものが届いちゃってから、あれこれいったって、そんなのダメだって。
とにかく、今は何でもかんでも二極分化しちゃってるわけです。食べ物なら、安くてまずいものを食べるのと、高くてうまいものを食べるのと、二極分化しちゃって真ん中がない。これはわれわれの商売でも同じ。真ん中はみんな中国へいっちゃった。要するに、真ん中がなくなって上と下しか残っていない、それが今の状態なんだね。
これまで町工場は、この真ん中のところで仕事をやってきたから、町工場の経営者は「不景気だ。不景気だ」と嘆いているんだね。でも、どんなに嘆いたところで真ん中の仕事は戻っちゃこない。とすれば、下をやっても仕方ないんだから、上を目指すっきゃ道はないんだが、そこんところをみんなわかっちゃいないんだな。
一方、真ん中の仕事を持っていった中国にしても、自分で技術を開発したんじゃなく、他人のマネをしているだけなんですよ。要は、他人の褌で相撲を取っているわけで、中国が脅威っていっても実際には大した敵じゃないんですよ。
東京都墨田区東向島界隈には、今もいわゆる町工場が軒を連ね、その一角に岡野工業はある。しかし、工場のなかに一歩足を入れると、何かのスタジオと見まがうほどの異彩を放っている。そこでは規則正しくプレス機が動き、それらはまるで生き物のような「鼓動」を刻む。携帯電話の小型化に貢献した「リチウムイオン電池ケース」や穴の直系0.06ミリの「刺しても痛くない注射針」などを開発したスーパー町工場の内部だ。
例えば、人形町にある『今半』(すき焼き・鉄板焼き・日本料理専門店)にいってごらんなさいよ。私はあの店とは20年、30年の馴染みなんだが、いついっても満員で入れないんだから。雰囲気、器、店員、もちろん味と、どれを取っても超一流で、いくら値段が高くたっていくらでも客が来る。そこなんですよ、私のいいたいのは。
講演でもよくいうんですが、リスクの多い仕事を選んでやらなきゃダメなんです。誰にでもできる仕事をやってるから仕事がなくなっちゃう。例は悪いが、娘を嫁に出すんだって、若いときなら引く手あまたですよ。でも年をとっておばさんになったら、初婚でもそんなのいらねえっていわれちゃうっつうの(笑)。
われわれの商売だって、出遅れて時代遅れになっちゃったことをやって、「買ってくれない。買ってくれない」と文句をいったってダメなんですよ、そんなのは。やっぱり、向こうが欲しがっているときに、欲しがっているものをこさえて売らなきゃダメ。
時代遅れのものにしがみついちゃうのは自分に自信がないからで、これを手放したらメシを食うタネがなくなっちゃうといつまでも抱え込んでいれば、そりゃあ、ものなんぞは売れっこない。とにかく、後生大事にしがみつこうとするから、どんどんどんどん利益が減ってっちゃうわけです。
この点は順調にいっている商売でもまったく同じで、講演でも「今のやり方でもっと儲けようとする前に、別のやり方から今の商売を追求しろ」といっているんです。