「変わり者」は生き残るが、
「変わり者」といっているヤツが潰れる

知られざる努力を積み重ね、画期的な技術を開発したとしても、それだけでは商売にはならない。世渡り、コマセ、変わり者――。岡野の口からは、技術を商売に変える魔法のキーワードがポンポンと飛び出すが、要するにそのベースにあるのは古きよき江戸っ子気質ともいうべき義理と人情、そして両者を天秤にかけての独特の駆け引きである。

もっとも、例えば私よりずっと頭のいい人がいて、画期的なオリジナルの技術を開発したとしても、最後は世渡りがうまくなければ売れないんですよ、これが(笑)。商売っつうのは、そういうものなんです。

魚釣りだって、コマセ(まき餌)を撒かなきゃ釣れないでしょ。私からいわせれば、釣り針にエサさえつけずに魚を釣ろうってヤツばっかりなんですよ、世の中は。他人の家にいくときだって、たとえつまらないものでも、土産を持っていくのといかないのでは、相手の気分が全然違うでしょ。要するに、ここなんですよ、商売ってのは。

ただ、「仕事ください」「カネください」では、「オマエ、何ができんの?」といわれてしまう。自慢するわけじゃないけど、私は結婚してから仕事とカネに困ったことはないですよ。講演にいくと講演料をもらえるわけですけど、私の場合はそんなときも必ず土産を持っていったりして、必ず1割か2割は関係者に還元しますからね。そういう積み重ねが40年、50年とあるんですよ。

要するに、1回でもお世話になった方は絶対に忘れるなということです。たとえ今は縁がなくても、盆暮れには贈り物をして、正月には年賀状を出す。これを悪くいえばコマセ、よくいえば仁義なんですよ。実は、これがなかなかできそうでできないんです。

ただし、これは卑屈になれっていうことではないんですよ。大企業なんて、いっちゃあなんだけど、何にもできないんだから。寄せ集め、組み立て屋なんですよ。つまり、いいものさえ作っていれば、頭下げて向こうからやって来るんですよ(笑)。

いってみれば、ちょっと大きな病気になると、みんな大学病院にいきますよね。町医者なんかにはいかないですよね。でも、大学病院にいったって、治んねえじゃねえかよ。そうでしょ? つまり、その治んねえヤツがウチに来るんですよ。時間もカネも使い果たしちゃって、「岡野さん、頼む」って(笑)。


自慢じゃないけど、ソニーだってトヨタだって松下だって、私からいったことなんて一度もないですよ。だいたいね、私みたいな地位も資格もないヤツがいったって、せいぜい受付で終わりだよ。いい仕事をしていれば、向こうからやって来るっつうの、ホントに。

だから、変わり者でなきゃいけないの。ウソだと思うかもしれないけど、私は変わり者で通っているんですよ(笑)。でもね、私のことを「変わり者」といってるヤツが、実は潰れていっちゃうんだよ。あんたの方がよっぽど変わってるってんだよね(笑)。

雑貨ができる人間はハイテクはできるが、ハイテクには雑貨はできない

岡野工業には、代表社員の岡野を除き、たった6人の職人しかいない。岡野によれば、先代の遺言は「絶対に会社を大きくするな」だったという。そのほかにも、「借金はするな」「保証人にはなるな」など、岡野がいまだに守り続けている家訓は少なくないが、なかでも肝に銘じているのが「絶対に会社を大きくしないこと」だという。なぜか――。

面白い実話を一つ、二つ聞かそうか。

例えば、私が100円で受けた仕事をAさんに下請けに出してやったとするね。私が「見積りはAさんの好きなように出しなよ」っていうと、Aさんは「30円でやらせていただきます」って答える。ただ、私もこういう男だから、10円上乗せしてやって、「じゃあ40円でやりなよ」っていってやる。そんときゃ、Aさんも大喜びだ(笑)。

でも、やがてAさんの羽振りがよくなってくると、知人のBさんがAさんに悪知恵をつけるんだな。「Aさん、岡野なんかおっぽっちゃって、この仕事は自分で直接やった方がいいよ」って。で、Aさんがいろいろと裏工作して、仕事を直接請けたとする。

ところが、だ。そんな口車に乗っちゃうと、40円はおろか、30円でも受けられなくなっちゃうんだよ。ホントだよ。私だから100円で受けられたわけであって、そこが技術と信用ってやつなんですよ。しかも、だ。実は、BさんはAさんを蹴落としたくて悪知恵を囁いたんだな。Aさんにはそこらへんの呼吸がわからなかったわけだね。

もう一つは、相手が大企業であっても捨てゼリフをいうようでなくてはいけない。ある大企業の話だけれど、担当者が説明しに来てくれというからいって説明をした。そうしたら、その上司が「実績がないから仕事は頼めない」という。私も頭にきたので「説明してくれというから来ただけで、こっちから頭を下げて頼んだわけじゃない」と。ついでに「あんたは自分の女房も実績があったからもらったのか」といってやった。そのあとその上司から手紙がきたけれど、「そっちとは実績がないから絶対やらない」断ってやった(笑)。

仕事に一生安泰なんてものはないんですよ。だから、常に新しいものに挑戦する。新しいものを作っていれば技術も身につく、技術があれば仕事は向こうからやってくる。そして、それを安売りをしちゃいけないんだ。それをみんなは「これさえやっていれば一生安泰」と思ってしまうんだね。だから、進歩もなく、そのうちに安く叩かれて儲からないようになってしまうんだ。

私は発明家じゃなく、あくまでも職人、そして商売人なんですよ。

痛くない注射針だって、素材となる金属を薄く伸ばして、60ミクロンのパイプにする、その「絞り」の技術がポイントだった。どこを回ってもできなかったから、テルモはやっぱり私んとこに来たわけですよ。開発には3年かかりましたよ。でも、開発費用はもらいませんでしたよ。それをもらっちゃあ、あとあと商売にならない。そのかわり、特許使用料はしっかり半分もらうことにした。リスクの多い商売を選んでする。そこなんですよ、商売ってのは。

私がこさえているのは「雑貨」です。雑貨はローテクの象徴のようにいわれるが、雑貨を作れないヤツにハイテクはできない。同時に、ハイテクができるヤツに雑貨は作れない。中国語では「雑貨」は「完成された技術」「成功した技術」という意味なんだね。

この意味、わかるでしょ。だから、雑貨の職人は強いんだよ。会社の大きさじゃない。

岡野 雅行岡野 雅行 (おかの・まさゆき)

1933年、東京墨田区生まれ。45年向島更正小学校卒業後、家業の金型工場に入る。72年父親から工場を引き継ぎ、岡野工業株式会社設立し代表社員となる。携帯電話の小型化に必要なリチウムイオンの電池ケースを作ったことから注目を集め、先ごろ実用化された直径0.2ミリの注射針をテルモと共同開発。
著書に『世界一の職人 岡野雅行 俺が、つくる!』(中経出版刊)がある。